傀儡伽羅倶利

主に阿紫花受。

010

才賀貞義×阿紫花英良

〈場所は東京の才賀邸地下、鍵のかかっていた部屋。才賀貞義の人形部屋で〉

薄暗い部屋の中に、突然眩しい光が差し込む。

開け放たれていたドアの前に、光源を背にして一人の男が立っていた。

「久しぶりだね。勝、阿紫花」

「お父さん? 死んだんじゃなかったの!?」

「だ…旦那……やっぱり、生きてらしたんで…」

「おやおや、殺した張本人が標的の死を信じてないなんて、殺し屋として失格なんじゃないのかね? 阿紫花」

貞義の言葉に、勝は驚いて阿紫花を振り返る。

「そうなの? 阿紫花さんがお父さんを殺したの!?」

阿紫花は、勝から目を逸らし、返事をしようとしない。

「私だけじゃぁない。中川直美を殺したのも、才賀正二を殺したのも、みんな阿紫花さ。何だ阿紫花、勝には教えてやってなかったのかい?」

「!? 阿紫花さん!? お父さんの言ってる事はホントなの? ねぇ阿紫花さん!」

勝は阿紫花のコートを掴んで必死に揺さぶる。

阿紫花は目を逸らしたまま、消え入りそうな声で勝に答える。

「あ…あたしは殺し屋だ…。依頼がありゃぁ…金さえ積まれりゃぁ、誰だって殺しやす…」

コートから勝の指が離れる。

「さぁ、阿紫花。そんな所で何をしているんだ。こっちに来なさい。お前は仕事をしくじったんだ、それなりの制裁を受けるのが筋というものだろう?」

「あ…ぁ…」

阿紫花は差し出された貞義の腕に引き寄せられるように、足を踏み出した。

「行くことなんかないよ! 阿紫花さん!!」

勝が阿紫花に抱き着いて引き止める。

「ぼ、ぼうや…?」

「いちばん悪いのは、そんな依頼をした人じゃないか! 阿紫花さんが前に言ってた。才賀の依頼は断われないって。お母さんやおじいちゃんを殺すように言ったのは、お父さんなんじゃないの!?」

「…なかなか聡いな、勝。だが、だったらどうだというんだね? 阿紫花、私の命令が聞けないのか? 早く来なさい」

「あた…あたしは才賀の頭領に付きやす。そのこたぁ、旦那が誰より良くご存知のハズだ。ぼうやが頭領の座に就いた以上、だ…旦那の命令に従わなきゃならねぇ筋合いは無ぇんで…」

阿紫花は自分の方に差し出された貞義の腕から逃れるようにじりじりとあとじさる。

「くくく、確かに。お前をそのように躾けたのは、他ならぬこの私だ。だが阿紫花、ならば何故、勝の命を狙ったりしたんだい? あの時、勝は既に私の全財産を引き継いでいて、紛れもない才賀の頭領だったじゃぁないか」

「そ、そいつぁ…」

「阿紫花、お前は勝を才賀の頭領だなんて思っちゃいない。お前が才賀の頭領と認めるのは、お前に人形を与えてやれる人間だけなのさ。私の人形を持ち出した息子たちの、だから依頼を請けた。違うかい?」

「そ…」

「だが息子らは人形師じゃぁない。お前に人形を与え続けてやることなんてできやしない。結局、お前は私の所に帰ってくるしかないのさ」

「あ、あたしは…」

「ほら、阿紫花。新しい人形だよ」

どこかでカチリとスイッチが入る音がすると床に大きな穴が開き、中から大きな影が静かにせり上がってくる。

「以前のように、また試しをやってはくれないのかね?」

「…ぁ…」

貞義は人形に歩み寄り、人形の膝の上に揃えて並べられていた手袋の片方を取り上げると右手にはめる。

「今までお前にやってきた人形よりも、速くて、強い。そして何より…」

右手を大きく振り上げると、阿紫花に向かって勢い良く振り降ろした。

ガガガガガガッ

人形は目にも止まらぬ速さで阿紫花に近付くと、紙一重で阿紫花の周囲の空を切り裂く。

「正確だ」

人形の攻撃に一歩も動けなかった阿紫花はがくりと膝をつく。

「良い子だ。阿紫花、私は勝を上へ連れて行って来る。そこでおとなしく待っていなさい」

「あ、阿紫花さん…!」

貞義に腕を掴まれ、部屋から連れ出されそうになった勝の声に、視線を合わせないまま阿紫花が答える。

「ぼうや…あたしの事は忘れてくだせぇ…。あたしも……ぼうやのことは忘れやす…」

「そ…」

バタン

重い扉が阿紫花と勝の間を遮る。

暗がりの中に取り残された阿紫花の耳に、自分の言葉に勝が何と言って答えたのか、届くことはなかった。

イベント会場でsetsuさんに会って「阿紫花に新しい人形を!」ってな話をして、その後、売り子しながらうたたねしてたときに見た夢。具体的にどんな人形だったかは、よく覚えてないですが(汗)。まぁ、夢だし。

たぶんこの後は勝が「どうして人は自分以外のものにあやつられて生きなくちゃならないの?(だったっけ)」とか何とか言って阿紫花を連れ出してくれるんじゃないかと…

009

羽佐間×阿紫花英良

「まったく…やるにことかいて日なたで行水なんかするからですよ!」

水を張った洗面器の中にタオルを泳がせながら、羽佐間の口調が知らず強くなる。

「…つぅっ。で、でけぇ声出さねぇでくだせぇよ…余計に痛むじゃねぇか」

阿紫花が涙目になりながら羽佐間を睨み付ける。

「しょうがねぇじゃありやせんか。あんなに暑けりゃ行水のひとつもしたくなるってもんですよ」

「確か、去年も一昨年も…い〜や、もっと前から兄貴ぁ毎年おんなじ事言っちゃぁおんなじ目に遭ってるような気がするんですがねぇ」

羽佐間の嫌味に阿紫花は膨れっ面でぷいと横を向く。

「そんな昔のこたぁ、忘れっちまいやしたよ。…い、痛てぇ! は、羽佐間ぁ、そっ…そ〜っとやってくんなよ…」

「え、あぁ。すいやせん。ですが兄貴、今年こそあのたらいは処分させていただきやすよ!」

慌てて謝りながらも羽佐間は宣言する。

「あんなモンがあるから、兄貴ぁ行水しようなんて思い付くんでしょうからね!」

「えぇっ!?」

驚いた阿紫花は飛び起きようとするが、あらかじめ予測していたのか羽佐間はいとも簡単に押さえ込んでしまう。

「だいたい、行水するより他に、あのたらいに使い道なんぞありゃしねぇじゃねぇですか!」

「そ、そりゃそうですけど…ずっと前からウチにあったもんだし…だいたい壊れてもいねぇのに…もったいねぇ…」

力では到底、羽佐間に勝てるわけもない。阿紫花はすぐに暴れるのを諦めたが、未練がましくぐずぐずとこぼし続ける。

「…わかりやした。あのたらいのことは明日、じっくり話し合いやしょう」

大きなため息をひとつついて、羽佐間が折れる。

「ほら、兄貴が眠っちまうまでこうして冷やしてやすから。さっさと寝ちまいなせぇ」

「ホントですね? あたしが寝ちまってる間に捨てちまっちゃぁヤですよ?」

「えぇ、えぇ、捨てたりなんかしやせんて」

たらいの行く末に安堵したのか、阿紫花は濡れタオルの心地よさに間もなくとろとろと眠りはじめる。

「兄貴?」

羽佐間は阿紫花が寝入ってしまったことを確かめると、すっかり濡れて足にからまっているだけになってしまった阿紫花の浴衣を取り払い、洗ったばかりの乾いた浴衣を着せ付けてやる。

そういえば、と阿紫花を抱え上げ阿紫花の寝室に向いながら、羽佐間は去年のこの騒ぎの顛末を思い出して頭が痛くなってきた。

確か去年も、たらいを処分するのしないのでもめたのだ。そして今年と同じようにたらいの身の処し方は翌日に持ち越され、ゴネる阿紫花に1日、2日と先延ばしにされて、そのままなし崩しに年を越してしまった。

どうせ年に一度の事なのだ。年中行事と割り切ってしまった方がいいのかもしれない。

阿紫花の寝室に着いた羽佐間は延べてあった夜具の上に阿紫花を横たえると、脇へ押しやられていた夏掛けを引き上げてやる。

時計を見ると既に4時をまわっていた。今から眠ったのでは仮眠程度にしかならない。

普段より少し早いが、面倒なので羽佐間はこのまま今日の家事をこなしてしまうことにした。

どのみち自分の布団は濡らしたタオルから流れ出た水で水浸しになってしまっているのだ。

羽佐間は大きく伸びをすると、炊事場に向かって歩き出す。

今日も暑くなりそうだった。

008

羽佐間×阿紫花英良

深夜、人の気配を感じて羽佐間が目を醒ますと、開け放たれた障子に凭れるようにして白い影が立っていた。ぎょっとして飛び起きると影は苦し気な声を絞り出しながら羽佐間に手を差しのべて来る。

「羽佐間ぁ…躯が熱くって、ね、眠れねぇんでさ…何とかしてくんなぁ…」

「あ、兄貴!?」

羽佐間はあわてて立ち上がると崩れ落ちそうになる阿紫花を支えてやる。掴んだ浴衣越しにも熱が伝わってくる程に阿紫花の躯は熱を帯びていた。これでは眠れる筈もないだろう。

無理もない。昼間の騒ぎを思い起こして、羽佐間は顔をしかめた。

「わかりやした。じゃぁ、準備して来やすから。上だけでも脱いで横になっててくだせぇや」

阿紫花を今しがたまで自分が寝ていた夜具の上に座らせて、羽佐間が立ち上がろうとすると、阿紫花の必死の声が引き止める。

「ひ、一人じゃ脱げねぇよ…羽佐間ぁ、脱がしてくんな…」

浴衣が膚を擦るのでさえ辛いのか、阿紫花は苦しそうに顔をゆがめながら震える指先で羽佐間の着衣を掴んだまま離そうとしない。

羽佐間はため息をつきながら己の着衣の裾から阿紫花の指を引き剥がすと、浴衣の袷から手を差し入れて袖に腕を通し、手首を掴んでそっと抜き出してやる。

「…つっ」

僅かに膚に触れる浴衣の感触を、阿紫花は唇を噛み締めて耐えた。本来ならば抜けるように白いはずの、今は見事に上気して薄紅に染まった膚が露になる。

「すぐに戻って来やすから。おとなしく待っててくだせぇよ」

羽佐間の言葉に、普段からは想像もつかない従順さで阿紫花は頷いた。

羽佐間が用意を済ませて急いで戻ってきてみると阿紫花は、なるべく敷布に触れないよう膝をかき抱き、身を苛む熱に耐え入るようにじっと目を閉じて待っていた。

「兄貴…さ、横んなって。始めやすよ」

阿紫花の傍らに腰を降ろした羽佐間は、阿紫花の肩に腕を廻すと横になるよう促す。

体内に溜まった熱を冷ましてもらいたい一心で阿紫花は羽佐間に促されるまま夜具の上に身を横たえる。

と、間もなく額に濡れたものがそっと押し当てられた。

「は…あ、あぁ…あ…」

待ち焦がれた感触に、阿紫花の口から安堵のため息が漏れる。

額からこめかみへ、鼻筋を通って唇へと丹念に、幾筋もの水滴をしたたらせながら降りてゆくその感触に、熱に蹂躙され、強張っていた阿紫花の躯が徐々に弛緩してゆく。

「どうです、兄貴。他に何処か、やって欲しいトコはありやすか?」

羽佐間の問いかけに、己の躯の上を這い回る感覚を追うように目を閉じたままの阿紫花が答える。

「ン…もっと、下…」

「下って…何処だかハッキリ言わなきゃ、わかりやせんよ」

阿紫花は、焦れた様に羽佐間の手に己の手を添えると、望む場所へと羽佐間を導いて行く。

「こ、此処…」

阿紫花の所作に迷いはない。

羽佐間は阿紫花に導かれるまま、阿紫花の躯の隅々にまでその手を滑らせてゆく。

「もう、気が済みやしたかい?」

何度同じ問いを発しただろうか。羽佐間が身を離そうとするたびに、阿紫花の長い腕が追い縋るように絡み付いてくる。

「羽佐間ぁ…も、もっと…」

際限なく求めてくる阿紫花に羽佐間はどこまでも応えてやる。

夜が白々と明け始め、果てもないかと思われた行為にも終わりの時がやって来たことを告げる。

「兄貴…もうそろそろ眠らねぇと。躯がまいっちまいやすぜ」

「や、ヤですよ…止めねえでくんな…ぁ…」

007

阿紫花

700hit祝い。

 

006

才賀貞義×阿紫花英良

阿紫花はぼんやりと高速道路脇の草むらに立って標的が来るのを待っていた。

見るともなしに道路の白線を目でたどりながら、長の言葉をつらつらと思い起こしてみる。

「才賀からの依頼だ。拒否はできない」

「人形遣いも、お主を指定してきおった」

「標的は、才賀貞義。これは、本人からの依頼だ」

阿紫花が立っている所からは死角になる場所で見張りに立っていた羽佐間が声をかける。

「兄貴、そろそろ時間ですぜ」

「そんなこたぁ、いちいち言われなくったって判ってやすよ」

阿紫花は、振り返りもしないで道路の両脇に立つ消音防壁がつくる消失点を見つめたまま、気のない返事を返すとのろのろと右手を持ち上げた。

キリキリキリ

細い、緊張した糸同士がすれあう音と共に足元から黒い影が立ち上がる。人の形をしたその影はそのままぎこちない動きで草むらを降り、道路の中央で立ち止まった。

車通りの絶えた直線道路の彼方に明かりがともった。標的の車だ。大型のリムジン。視認できる距離ではなかったが、週末のこの時間にここを通る車など、他にはない。

「兄貴!」

突然耳もとで叫ばれて我に返ると、いつのまにか側に来ていた羽佐間にきつく腕をつかまれていた。

「何やってんですか! 糸、早く切っちまわなきゃ、兄貴も巻き込まれちまうんですぜ!?」

「あ? あぁ。 そう、そうでしたね」

動揺を押し隠すように取られた腕をさり気なく、しかし急いで取りかえすと手袋に繋がっている糸を切り離す。

と同時に見慣れたリムジンが路上に立つ影に突っ込んだ。影をタイヤに巻き込んで数十メートルも走ると、リムジンは中央分離帯に突っ込む。

ドン

激しい爆音と共に熱と炎が道路いっぱいに広がった。

燃え盛る炎をジッと見つめたまま動こうとしない阿紫花に、焦れた羽佐間が肩を掴んで揺さぶる。

「兄貴、しっかりして下せぇよ! 早くズラからなきゃ、ヤベぇでしょうが!!」

阿紫花は、羽佐間の幅広な体躯に遮られた視界を取り戻すように爪先立ちに伸び上がりながら呟く。

「羽佐間ァ、才賀の旦那ァ本当に死んじまったのかなぁ」

この場を立ち去るどころか、ともすればリムジンの方に歩き出そうとする気配すらある阿紫花に業を煮やした羽佐間は、小さく舌打ちすると有無を言わさず阿紫花を抱え上げ、雑草の生い繁る土手を登り始めた。

「あの爆発で生きてる人間なんかいやしませんよ! それよりどうしちまったんです。この仕事受けてから、兄貴ァ少しおかしいですぜ?」

羽佐間の言葉を聞いているのかいないのか、羽佐間の肩ごしに炎を見つめたままで阿紫花は言葉を続ける。

「けどねぇ、あたしゃ見たんですよ。今しがた、人形に車が突っ込んだ時…車ン中で旦那ァ……笑ってらしたんだ」

阿紫花の記憶の中の才賀貞義はどれも笑っていなかった。

全てに対して無関心で、唯一感情を動かした人形の開発に対する時は何かに憑かれたようで。

そして自分を見る目には明らかに蔑の色があった…

ゾクリ

才賀の棟梁の蔑を含んだ酷薄な瞳を思い出した阿紫花は、背筋を走る悪寒に身を縮めた。

「兄貴?」

腕の中で身じろぐ阿紫花に不審を感じたのか、羽佐間が声をかける。

「な、何でもねぇよ。それより降ろしてくんな、子どもじゃねぇんだ。1人で歩けやすよ」

羽佐間の胸に手をついて身を離そうとする阿紫花にかまわず、羽佐間は阿紫花を抱えたまま物陰に停めてあった車に歩み寄る。

「もう着いちまいやしたよ。それより、もうこの仕事は終わったんです。さっさと忘れちまってくだせぇよ」

助手席のドアを開けると阿紫花を押し込んで、自分も運転席に乗り込むと羽佐間は車のエンジンをかけた。

ブロン

「兄貴、出しますぜ」

阿紫花の返事を待たず、羽佐間は車を静かに発進させる。

遠くからはかすかに、サイレンの音が聞こえ始めていた。

005

プルチネラ×阿紫花

666hit祝い。

 

ちょっとエロめにいじってみたり。

 

004

増村×阿紫花

444hit祝い。

 

003

佐野×阿紫花

「羽佐間ァ、阿紫花さんに仕事だぜ!」

がらがらと大きな音をたてて引き戸を開け放つなり、佐野は劣らず大きな声でがなりたてた。

しばらく待ってみるが誰も出てこない。

「羽佐間、いねぇのか? オイ!」

耳をすますと奥からは何かを炒めるような音がかすかに聞こえてくる。

そういえばそろそろ昼時になる。

ひょっとしたら羽佐間は昼食を作っているのかもしれないと思い、佐野は勝手にあがることにした。

あがりかまちに腰を掛けて、靴を脱いでいると頭上から声が降ってきた。

「朝っぱらからやかましいこった。いったいぜんたい、どこのどいつだい?」

もう昼じゃねぇか、と内心で悪態をつきつつ顔を上げると、声の主、阿紫花が目の前に立っていた。

 

「何だい佐野じゃねぇか。羽佐間なら奥で朝飯作ってやすよ」

「…………」

「? どうしたってんです。おかしなヒトですねぇ、ハトが豆鉄砲喰らったようなカオして」

みたいな感じで。別に佐野でなくても良いんですけど。

ま、死ぬ前に阿紫花の玉の肌拝めて良かったじゃん。てことで。

この後、阿紫花は羽佐間にだらしない格好で玄関に出ちゃったことを怒られて

「なんでぇ、忙しそうだったから気ぃ利かせてかわりに出てやったってぇのに…」

って文句たれてみたり。

「あぁっ、しかもこのシャツ俺のじゃねぇですか! 兄貴のはちゃんとアイロンがけしてタンスの一番下の段にしまってありやすってあれ程…いいかげん覚えてくだせぇよ〜」

「いちいちこまけぇ奴ですねぇ。いいじゃねぇか、別に減るもんじゃねぇんだし」

「そ〜ゆ〜問題じゃねぇんですから。たのんますよ〜」

でもやっぱり阿紫花、しょっちゅう羽佐間のシャツ着てたりとかして。

何故タンスの一番下か?

それは布団の中から直接手を突っ込んで取れるようにとゆ〜羽佐間の心配り(笑)

002

勝×阿紫花

「ぼうや、お見舞いに参りやしたよ」

簡素だが広い、病室のドアを開けて入ってきたのは阿紫花と羽佐間だ。

阿紫花は羽佐間に持たせておいたバスケットを勝に手渡すと、コートの内ポケットから煙草を取り出し口に銜えた。

さすがにけが人を前に気を遣っているのか、銜えたままで火を付けようとはしない。

「ありがとう、阿紫花さん、羽佐間さん」

勝はぺこりと頭をさげた。

上目遣いにそっと伺うと、阿紫花はくすぐったそうに目を細めて笑っている。

勝が入院してから1ヶ月、阿紫花達はおよそ週に1度の割で見舞いに来ていたが、やって来る時には必ず何かしらの見舞の品を持ってきていた。

最初は豪奢な花束を持ってきて周囲を驚かせたが、羽佐間の

「ガキなんですから喰いモンの方がいいんじゃねぇんですかい?」

の一言で、次の見舞いからケーキや果物の盛り合せに変わった。

受け取ったバスケットを覗き込んでみると、たくさんの果物が美しく盛り合せてある。

「僕としろがねじゃ、こんなに食べきれないよ。阿紫花さん達も食べていってよ」

「それじゃご相伴にあずかりやしょうかね。羽佐間、むいてさしあげな」

阿紫花はうれしそうにうなずくと、羽佐間に目配せした。

「へい」

羽佐間は勝からバスケットを取り上げると流しの方へ歩いていく。

「さて、何から食べやしょうか」

ベッド脇に椅子を引き寄せて腰をおろした阿紫花は、銜えていた煙草をゴミ箱に放り込んで訊ねた。

「うん、りんごがいいな」

先程覗き込んだバスケットの中身を思い出しながら勝は答える。

「りんごですかい、季節じゃねえんですがね」

戻ってきた羽佐間がぶつぶつ言いながらも、洗ったりんごを果物ナイフで6つに割ってゆく。

皮に切れ込みを入れ、実と皮の間に刃を入れる。

「? 何で皮を残すんです? 食べにくいじゃねえですか」

手際よく皮をむいてゆく羽佐間の手元を覗き込むようにして阿紫花が口を挟む。

「こういう方が、子供は喜ぶもんでしょう」

「そういうモンなんですか? ぼうや」

阿紫花は不思議そうに目を見開いて勝の方を振り返る。

「うん…前におかあさんが誕生日にりんごをうさぎにむいてくれて…ありがとう、羽佐間さん」

勝はぽつりとつぶやくと、思い出すようにうつむいた。

「ほ、ほら、むき終わったのがこっちにあるんだ。さっさと喰っちまわねぇか」

流れる沈黙にあわてた羽佐間は、勝にうさぎの形にむき終わったりんごの乗った皿を押しやる。

「う、うん」

勝は、乱暴に押し付けられた皿に驚いて、急いでりんごを一切れ口に入れた。

しゃりしゃりとりんごを噛む音が病室にひびく。

「あはは、確かにこりゃうさぎですねぇ。誰だか知らないが、おもしろいこと考えた奴もいるもんだ」

沈黙を破るようにして阿紫花が笑いだした。

「阿紫花さん、りんごうさぎ知らないの?」

勝は口の中のりんごを飲みこんできいてみる。

「初めて見やしたよ。羽佐間があたしにむいてくれる時は皮はみぃんなむいちまってやしたしね」

大仰に肩をそびやかして阿紫花は応えた。

「…だったらねぇ、ウインナーのタコは知ってる?」

勝は、ふと思い付いて阿紫花に訊ねてみる。

「ウインナーでタコですかい? 魚肉ソーセージとは違うんで?」

「違うよぉ。形がね、タコなの」

「タコの形のウインナーぁ? うへぇっ、何だか薄っ気味悪そうなシロモンですけど…そんなモン喰う奴がいるんですかねぇ?」

阿紫花は鮹の形をリアルに想像してしまったらしく、思いっきり顔をしかめてみせる。

「えぇとねぇ、こう、ウインナーがあるでしょ」

勝は阿紫花に説明しようと、両手の親指と人指し指で平たく輪を作って見せた。

「でね、片一方の端をこうやって縦に…」

「ちょっ、ちょっと待ってくんな」

向い合う形で勝の手元を覗き込んでいた阿紫花は、慌てて遮ると椅子から立ち上がった。

「なぁに? 阿紫花さん」

勝は手を止めて阿紫花を見上げる。

「よっと」

阿紫花はひょいとベッドに腰掛けると、どさりと勝にもたれかかってきた。そして、勝の頬に自分の頬をくっつけるようにして深く寝そべる。

「差し向いってなぁ、左右が逆ンなっちまって…判りにくくっていけねぇ。さ、もういいですぜ。続けてくんな」

そう言って勝の手の横で、同じように指先で輪を作って先を促す。

「こう、ウインナーがあって?」

「あ、うん。で、片一方の端を真ん中ぐらいから縦に8つに切るの」

「右っ側?」

「どっちでもいいんだよ。ウインナーに右も左もないでしょ」

「そりゃそうだ。8つ、ってぇとコレが足になるんで?」

「うんそう。これを油をひいて熱くしたフライパンで炒めると、足のところがくるっと外側に巻いてタコの形になるの」

「う〜ん、判ったよ〜な判らねぇよ〜な…」

他愛の無い会話で穏やかな時間が過ぎてゆく。

やがて赤味を増した太陽の光が直接病室に差し込むようになると阿紫花は、会話を切って腕の時計を覗き込んだ。

「おや、もうこんな時間で。けが人相手に長居しちまって…すいやせんね」

ベッドから立ち上がると阿紫花は、肩をそびやかし軽く頭を下げる。

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「治りが遅くなっちゃいけやせんからね。今日はこの辺でおいとましやす」

引き止めようとコートの裾を掴む勝の手に黒革の手袋をはめた手を重ねると、すがるような瞳に笑みを返す。

「看護婦サンに追ん出される前に、退散しやすよ…羽佐間ァ、けぇりやすよ!」

「へ、へい!」

とっくの昔にリンゴを剥き終わり、かたずけも済ませて部屋の隅に置いてあったイスにヒマそうに座っていた羽佐間は、いきなり呼ばれて慌てて立ち上がった。

勝の指をコートからそっとはずさせると阿紫花は踵を返し、ドアに向かう。

と、2、3歩進んだ所で何か思い出したように阿紫花はベッドの脇に戻ってくると勝の瞳を覗き込んだ。

「ぼうや…」

「?」

不思議そうに見上げてくる勝の瞳を、阿紫花は何かを期待するような、ひどく真剣な眼差しで見つめる。

「なぁに? 阿紫花さん。僕の目…何か変?」

問われて阿紫花は一瞬視線を逸らすと、何ごとも無かったように勝に微笑みかけた。

「いえ。何でもねぇんで。それじゃ今度こそ、おいとましやす」

ふたたびドアに向かう阿紫花の背中にベッドの上から勝が訊ねる。

「また…また来てくれる?」

ドアを開いて振り返ると、糸のように目を細めて阿紫花は頷いた。

「もちろん」

喜びに輝く勝の顔はだが、続く阿紫花の言葉で一瞬のうちに曇る。

「善治の家まで無事に…ってぇ契約でしたからネ」

「契約…それでもいいから…また来てね」

ひどく気落ちした声で、勝が重ねる。

「へい。ソレじゃ、また来週」

ドアの向こうに立つと、もう一度ニコリと微笑んで阿紫花はドアを閉めた。

001

阿紫花